「弁解は人の背中のようなものだ-誰もが持っているものなのだ」
防衛規制(1)
心理学者として有名なジグムント・フロイトは、「失敗という状況はとても苦痛なので、人は自尊心を守るための防衛規制が必要になることがある」と述べている。けれども不幸にも、防衛規制は選手の成長を著しく阻害する。なぜなら、そのため、選手は自分の技術を上達させようという努力をやめてしまうからである。しかし実際は、いったんコートに入ったら、「相手が自分より上手なプレイをした」ということ以外に負ける理由はない。何かに悩んでいても、いったんコートに入ったら、それをコートに持ち込まないこと。
2010年10月6日水曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(18)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(6)
4.選手が挑戦するようになる場合
この場合が、精神的粘り強さ(メンタル・タフネス)の意味するところである。危機的状況や逆境を、感情的な挑戦意欲に変えるのである。あきらめたり、落ち着きを失ったりせずに、積極的な感情をしっかりととどめておくことが重要である。それは、試合に勝つことやスコアより、プレイすることや苦しみに勝とうとすることを愛さなければできないだろう。この挑戦的意欲が、偉大な選手とそうでない者との境い目である。そして、最も重要なことは、この感情的反応が「訓練によるもの」であるということだ。
4.選手が挑戦するようになる場合
この場合が、精神的粘り強さ(メンタル・タフネス)の意味するところである。危機的状況や逆境を、感情的な挑戦意欲に変えるのである。あきらめたり、落ち着きを失ったりせずに、積極的な感情をしっかりととどめておくことが重要である。それは、試合に勝つことやスコアより、プレイすることや苦しみに勝とうとすることを愛さなければできないだろう。この挑戦的意欲が、偉大な選手とそうでない者との境い目である。そして、最も重要なことは、この感情的反応が「訓練によるもの」であるということだ。
2010年10月5日火曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(17)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(5)
3.選手が不安になる場合
言い換えれば、この状態は、息の詰まるような心理的圧迫を感じることである。試合などのプレッシャーの中で不安や恐れを抱くと、とてももろくなってしまうものだが、あきらめてしまったり、落ち着きを失ってかんしゃくを起こすよりは、はるかにマシである。
選手が息詰まっているときは、まだその時点では、感情的には引き下がっていない。精神的粘り強さまで、後一歩の段階である。どんなに優れた選手でも、息の詰まるような思いをするのだ。しかし彼らは、それをわずかな、非常に短い時間内で消化してしまう。
3.選手が不安になる場合
言い換えれば、この状態は、息の詰まるような心理的圧迫を感じることである。試合などのプレッシャーの中で不安や恐れを抱くと、とてももろくなってしまうものだが、あきらめてしまったり、落ち着きを失ってかんしゃくを起こすよりは、はるかにマシである。
選手が息詰まっているときは、まだその時点では、感情的には引き下がっていない。精神的粘り強さまで、後一歩の段階である。どんなに優れた選手でも、息の詰まるような思いをするのだ。しかし彼らは、それをわずかな、非常に短い時間内で消化してしまう。
2010年10月4日月曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(16)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(4)
2.選手が怒ってしまう場合
また選手は、すぐに否定的な感情に押し流されて、気分の成り行きにまかせてしまう。すると、実際にプレッシャーは感じなくなるものだ。「もし負けても、落ち着きを失っていたからで、実際に負けたことにならない」からである。ほとんどの選手はこのような否定的感情の犠牲となる。
2.選手が怒ってしまう場合
また選手は、すぐに否定的な感情に押し流されて、気分の成り行きにまかせてしまう。すると、実際にプレッシャーは感じなくなるものだ。「もし負けても、落ち着きを失っていたからで、実際に負けたことにならない」からである。ほとんどの選手はこのような否定的感情の犠牲となる。
2010年10月3日日曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(15)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(3)
プレッシャーに対する選手の感情の反応は、主に4つに分類できる。
1.選手があきらめてしまう場合
まず最初に考えられるのは、選手は一生懸命に戦おうとしなくなり、すぐに感情を引っ込めてしまう場合である。そうすれば、もし試合に負けたとしても、それほどプライドは傷つかない。もし負けるはずのない相手に負けても、自分が100%の努力をしなかったことにすれば、実際にその相手に負けたことにならないし、それほど傷つかないというわけである。
風や、不正行為をした相手や、コートの悪さなどの言い訳をすることは、すべての意味であきらめということと同じである。このような言動は、回避行動の中では最も初歩的で、最も感情を崩壊させるものである。
プレッシャーに対する選手の感情の反応は、主に4つに分類できる。
1.選手があきらめてしまう場合
まず最初に考えられるのは、選手は一生懸命に戦おうとしなくなり、すぐに感情を引っ込めてしまう場合である。そうすれば、もし試合に負けたとしても、それほどプライドは傷つかない。もし負けるはずのない相手に負けても、自分が100%の努力をしなかったことにすれば、実際にその相手に負けたことにならないし、それほど傷つかないというわけである。
風や、不正行為をした相手や、コートの悪さなどの言い訳をすることは、すべての意味であきらめということと同じである。このような言動は、回避行動の中では最も初歩的で、最も感情を崩壊させるものである。
2010年10月2日土曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(14)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(2)
選手にとって大事なことは、試合の中でどれだけ良いプレイをするかということと、選手個人の人間としての価値とを、できるだけ分けて考えることである。その2つが結び付きやすいのは確かだ。つまり、自分の自信におよぶ危険が大きければ大きいほど、自分自身で感情をコントロールするのに時間がかかるのである。理想的な感情をコントロールするのが困難になってしまうわけだ。特に、感情をコントロールする技量が欠けている選手は、自分自身を見失わないように、それを防御する行動を取り始める。これらの回避行動は、選手の競争心や勝利へのチャンスを奪ってしまうものである。プレッシャーや危険と出会ったときに、選手が最もよく取る回避行動は、その選手自身が、どんなタイプの競技者であるかを証明している。つまり、その回避行動は、感情の反応として外に現れてくるのである。
選手にとって大事なことは、試合の中でどれだけ良いプレイをするかということと、選手個人の人間としての価値とを、できるだけ分けて考えることである。その2つが結び付きやすいのは確かだ。つまり、自分の自信におよぶ危険が大きければ大きいほど、自分自身で感情をコントロールするのに時間がかかるのである。理想的な感情をコントロールするのが困難になってしまうわけだ。特に、感情をコントロールする技量が欠けている選手は、自分自身を見失わないように、それを防御する行動を取り始める。これらの回避行動は、選手の競争心や勝利へのチャンスを奪ってしまうものである。プレッシャーや危険と出会ったときに、選手が最もよく取る回避行動は、その選手自身が、どんなタイプの競技者であるかを証明している。つまり、その回避行動は、感情の反応として外に現れてくるのである。
2010年10月1日金曜日
新・勝利を得るための精神コントロール(13)
試合の勝敗と自分の価値を同一化しない(1)
テニスは競争的なものである。そして、そこで受けるプレッシャーの根源は、自己尊重とともに潜在能力まで失ってしまうことにある。ある硬式のプロ選手は、次のように言っている。「自分がどれほどのプレイができたかで自分を判断されてしまうため、プレイがうまくいかなかったり、相手に負けてしまうことは、とても恐ろしいことです。もし私が良いプレイをすれば、幸せで自分自身に満足するでしょう。もしまずいプレイをすれば、私はみじめです。つまり、私のテニスで私の人生も決まってしまうようなものです」
テニスは競争的なものである。そして、そこで受けるプレッシャーの根源は、自己尊重とともに潜在能力まで失ってしまうことにある。ある硬式のプロ選手は、次のように言っている。「自分がどれほどのプレイができたかで自分を判断されてしまうため、プレイがうまくいかなかったり、相手に負けてしまうことは、とても恐ろしいことです。もし私が良いプレイをすれば、幸せで自分自身に満足するでしょう。もしまずいプレイをすれば、私はみじめです。つまり、私のテニスで私の人生も決まってしまうようなものです」
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